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福岡地方裁判所小倉支部 昭和24年(ヨ)18号 判決 1949年3月26日

申請人、債権者

谷武

外三名

被申請人、債務者

清水実

主文

債権者等の申請は之を棄却する。

訴訟貸用は債権者等の連帯負担とする。

申請の趣旨

債権者等代理人は申請の趣旨として債権者等が債務者に対して提起する解雇無効確認請求事件の判決確定に至る迄仮りに債権者等が債務者経営の清水鉱業所到津炭坑の従業員たる地位を定むる旨の判決を求める。

事実

債権者等は小倉市到津所在の債務者経営の清水鉱業所到津炭坑の従業員であるころ昭和二十三年十一月二十六日始めて到津炭坑労働組合を結成し昭和二十四年二月十三日の役員改選により債権者谷武は組合長、同小田納は青年部長、同山本定雄は書記長、同安田健一は渉外部長に選任せられた。そして現在従業員九十七名中五十一名が組合員である。然るに債務者は組合結成以来屡債権者等に対し組合の解散を要求し一方御用的団体である清友会えの加入を求めて来て居たけれども組合は之に応ぜずして今日に及んだ。而して債権者安田健一は前示炭坑の配給委員であつたところ、昭和二十四年三月から加配米の変更があつたので之に対する事務上の準備の為同月三日炭坑配給事務所に赴き、同所事務員中西某の承諾を得て同所の配給台帳を借受け組合事務所に持参して之を閲覧した、然るに債務者は之を以て債権者谷武等の命に依つて債権者安田が右台帳を持参し之を調査して債務者の配給上の不正を摘発するものと誤解し同日突如債権者等を事務所に招致し解雇の通告を為すに至つたがその解雇は不正摘発に対する誤解を直接原因とするものなれども、此の機会に到津炭坑労働組合を結成したこと並其の組合活動を為し且同時に全炭坑労働組合幹部から指導を受けたことを理由として債権者等を解雇したものである。元来清友会は債務者を顧問として炭坑幹部を主体とする労働法上不法の団体であつて之に加入を強いられ前示組合に加入することを得ない者も相当数ある現状である、直接解雇原因となつた配給台帳の閲覧は債権者谷、小田、山本の関知しないところであるけれども、仮りに組合の任務として之を為したものとしても組合の正当な行為であるから之を理由とし而かも労働基準監督署の認定を受けずして解雇すると云うことは労働組合法第十一条並労働基準法第二十条同法施行規則第七条に違反し無効である。況んや組合結成を理由とし之が解散を企図する目的を以ての解雇であれば当然無効である、仍て債権者等は御庁に解雇無効確認の訴を提起準備中であるところ解雇に因つて収入の途を奪はれ、其の日の生活にも困却する様な状態にあり真に急迫な事情にあるから、後日勝訴の確定判決があつても到底此の効果を実現することは出来ない次第である。右の次第であるから本案判決迄仮りに債権者等が債務者経営の到津炭坑の従業員たる地位を定めた上債権者等の生命を保全せられ度本申請に及んだが、債権者谷は昭和二十二年十月以来同小田は昭和二十二年八月以来、同山本は昭和二十二年十二月以来、同安田は昭和二十三年五月以来到津炭坑に雇はれ何れも期間の定はない。配給委員は労務加配米及リンク制物資の公平な配給をする為に石炭局の命令に依り坑主が選任したものであつて、配給物資の配給割当に関与することを職務とするものである事務上の準備の為配給台帳を借出したと云うのは三月一日から家族に対する加配米の基準数量が変更になつたので本人及家族人員を調査する為必要があつたのであるが、之は労働組合の行為ではないけれども債務者は之を組合活動と見て之を解雇理由にしたものである。本件解雇には予告期間の定もなく之に相当する平均賃金の支払もない、所謂即時解雇と称するものである。全石炭労働組合幹部から指導を受けたのは組合の今後の在方について労資協調で必要な石炭の増産を図るのが本筋であつて組合が出来たからと云つてスト等やるべきではないと云うこと、団体協約締結について普通一般に行はれている雛型を示して斯様なものを締結するがいいと云うことであつた。配給台帳の作成者は炭坑であつてその記載内容は労務基準米即普通の配給量及加配米量受配者人名異動年月日等である、本件労働組合と使用者との間には未だ労働協約は成立していない。本件は地方労働委員会に提訴したが同委員会から使用者に対して生活保障の勧告は未だ発せられていない。債権者等の賃金は日給制である、到津炭坑労働組合の規約上の役員は組合長、副組合長、書記長、青年部長、渉外部長、調査部長、組織部長である。前回為した安田の配給台帳持出は組合活動ではないとの陳述は錯誤であるから之れを安田の配給台帳の持出は組合幹部たる他の債権者等の指令に基くものでない、併し安田は配給委員として組合員の配給の適正に行はるることを監視する任務に在り且配給委員は組合の出来る前からあつたけれども、組合が出来た後は組合員の為の配給委員であるから配給が適正に行はれているか否やを調べることは組合の活動である。解雇の理由は右台帳の持出は組合幹部たる債権者等の指令に基くものであるから之に関係したものを解雇すると云うのであるから、組合の正当活動を理由とするものであつて、労働組合法第十一条に違反するそのことは坑長が此の組合は共産党的組合であるから好ましくないと公然証言し、又清友会組織の経過に照して明かであると訂正する旨及債務者の答弁に対し本件解雇が昭和二十四年二月の稼働成績を理由とするものならば、債務者が団休協約の締結に同意しない為組合専従者を設くるを得ず、勢い債権者等が之に当らねばならない為稼働日数減少するのは当然である。

即本件解雇は債権者等が組合活動を為す為欠勤したのを理由(組合専従者を一名も認めない必然的結果)とするものであるから労働組合法第十一条に該当する、本件解雇の真の理由は本件組合の全石炭加入を阻止するのにあつたこと明かである。解雇後債務者の指示に依り決戦投票を為した結果は債務者の希望に反して全石炭に加入決議をした処四名の解雇は無駄であつた、皆の者覚えて居れと云つたことに依り明らかである。債務者がその主張の如く最近一ケ月分の平均賃金を供託したこと及その賃金額の正当であることは認むるけれども、仮令斯様にしても労働基準法違反として無効な解雇が有効となるものではない。何故なれば一ケ月分の賃金の前払の立法の趣旨は之に依り労働者の不測の解雇に因る餓死其の他生活難を防ぎ、一方次の就職に準備させる為である、若し突如解雇し労働者が餓死或は生活難の為犯罪を犯して入所し或は自己所持の衣類等を二足三文に売払い救うことの出来ない損害を受けた後一ケ月の平均賃金の提供があつたとするも既に失れた損害が復活するものではない、若し之が有効とすれば労働基準法は有名無実に帰することが明かである。労働基準法第二十条は強行法規であつて之に反する解雇が無効であると去うことは通説である、本件に於ても無警告解雇の為既に幾多の衣類物件を売払い居り今更一ケ月先の平均賃金を受くるも何等の効はない。尚注意すべきは債権者等が訴訟を起して始めて供託したものであつて泣寝入となれば其の儘であつたことは明かである、而して大抵の労働者は訴訟費用が出来ない為泣寝入となるのが通常である。若し裁判所に於て労働基準法第二十条を厳格に考えずと云うことが明かになれば、今後総て経営者は無警告即時解雇を為し訴訟を起す者のみに提供し訴訟を起さない者に対してはその侭頬冠りすることは必至である、訴訟入費は一ケ月分の賃金を要し其の間他に働けずとすれば何人も訴訟を起す者はなく、結局経営者は一ケ月分の平均賃金をも支払の要なきに至ること明かである。要するに労働法を普通の民法的観急で解釈するところに誤がある、労働者は一日休むも生死に関すると云うことを基本として始めて労働法の真随に到達するものと信ずる、債権者等が拳銃の件其の他の事由により解雇されたのではなく債務者は台帳調査を組合活動であると解し之を理由として右関係者として組合幹部を解雇したものであることは、当時の状況並清水鉱主の言明により明かであるが(一)谷武の拳銃所持の件については起訴されたことは認むるけれども、此の為昭和二十四年二月十八日解雇申渡あり、同月二十一日松本圭介の仲裁に依り判決の結果体刑となれば解雇とし罰金刑となり或は執行猶予となれば解雇せざるべきことを確約したものである。尚右拳銃は桑野某が労務係員田村為雄に売却せんとして値段の折合はなかつた物品の売却に随伴したものである。同人の就業率は昭和二十三年中は四月三十万、五月二十六万、六月二十八万、七月二十二万、八月二十一万、九月二十五万、十月二十四万、十一月十九万、十二月二十三万であつて不良ではない。唯昭和二十四年二月は拳銃事件により拘束を受けた為休業したものである、賭博をしたこともなく殊に賭博に依り検挙されたことはない。又闘争を好んだこともない。(二)山本定雄は前科は昭和三年八月の刑であつて同八年五月出所以来十六年間中に前科はない、殊に債務者は山本の前科を熟知して採用したものである。昭和二十二年九月債務者は鉱員を集めて前科位は問題でないと言明した闘争を好まない唯団体協約締結を申入れたものであるが債務者はその都度組合を作り度くないと言明した金銭を脅迫したことは全くない鉱員が炭坑から金員を借用するのは普通のことである。又五千円受領したことは松本の証言の通りである、配給所主任辻正男から勧められズボン一枚を持ち帰つたけれども五日後に之を自発的に返品した。之を最近辻から聞いて債務者が悪宣伝の材料としたに過ぎない、却て債務者は占領軍物資毛布八枚、エンカ服二着、布団三枚を横領し他の炭坑側幹部は全く受配権なくして着用している。出勤率は昭和二十四年一月迄は他に比して良好である、二月以降は組合設立の為欠勤したに過ぎない。(三)小田納は拳銃の件は谷武同様解決済の問題である稼働成績は昭和二十三年中は四月三十万、五月二十七万、六月二十一万、七月二十二万、八月十万、九月二十万、十月十九万、十一月二十一万で不良ではない。唯昭和二十四年二月は拳銃問題で取調を受けた為である、賭博を為し検挙されたことはない。又作業の支障を来したこともない唯債務者の実弟田村用度課長が花札賭博を為し之れに多少参加した程度である。(四)安田健一は本籍を詐称したことはない、以上の通り債務者は無効解雇を飾る為斯ることを本件事件後に調査して口実となし居るに過ぎず、殊に就業規則もなく又何等の規則も作成し居らず只漫然と解雇申渡をしたものである旨陳述した。(疏明省略)

債務者代理人は主文同旨の判決を求めその答弁として債務者が到津炭坑を経営していること、債権者等をその主張の時から右炭坑に使用して居り受働契約の期間は定のないこと、到津炭坑従業員によつて労働組合が結成され債権者等がその組合員であること、組合との間に労働協約が未だ締結されて居ないことは之を認むるけれども債権者等がその主張の如く右労働組合の役員であることは不知、債務者が労働組合の解散を要求したり清友会に加入を求めたりしたことは否認、清友会の問題は債務者の看るところに依れば組合員同志間に意見の疏隔がある如く見受けられるので融和を計り清友会と銘名する明朗な会を作つてわ如何と債権者等に計つたのみであつて清友会と称する別個の組合がある訳ではない。債権者安田健一が配給委員であることは不知、之れは債務者に於て選任したものではない。昭和二十四年三月三日午後二時頃安田健一が到津炭坑地配給所から基準米配給台帳(本台帳は炭坑が委託配給をする為に備付けているものであつて家庭配給通帳と同一内容の記載があり、執務者又は関係係員以外に閲覧を許すべき性質のものではない)を持出し谷武方に到り安田健一、谷武、山本定雄、小田納の四名で此の台帳を調査したらしい。当時外出中であつた配給所主任辻正男が帰所後右の事実を知り勤務係主任上田末惠を通じ台帳返戻方を督促し上田は谷武方に赴き之が返戻方を促したところ安田は之を返戻したけれども、其の際当直勤務で事務所に居残つて居た田村為雄が安田が配給所に台帳を取りに来た際田村為雄外一名の配給台帳を見せろと申込んだと云うことを聞いたとて自分の配給面に疑を持つと、怪しからんとかで安田と口論の上平手で安田の頬を殴つたと云うので、債権者等全員及外二名が事務所に押懸け騒いで居る際債務者が帰所し此の経緯を聞いて双方を戒しめ一応之を押鎮めたけれども債権者等は予て素行面白からず炭坑の経営秩序を破壊或は経営能率の低下を図るから事務所に招致して解雇を為したのであるが、その際予告期間を定めたり予告期間に相当する賃金を払つたりしたことはないし又解雇理由に付労働基準監督署の認定も受けていない。安田が配給台帳を持出した際は最初見せて呉れと云うので何気なく見せたところその儘持つて帰つたものであつて、此の事は債権者等四人の通謀によるものではあるが之を組合の活動行為と見たのではない。従つて債権者等主張の如く配給上の不正の摘発を為したものと誤解して之を解雇したのでもなく、労働組合を結成したことや組合活動をしたこと全石炭労組幹部の指導を受けたことを理由として債権者等を解雇したものでもない。債権者等が経営秩序の破壊、同能率を低下させた等の具体的事実を挙ぐれば谷武は(一)常に賭博に耽ること、同人は炭坑住宅に居住し賭博ブロックを作り事業を顧みず勤労係員から数回に亘り警告を受け又は開張現場を押えられ注意を与えられたに不拘之を改めず却て会社側(経営者)に反抗的態度を示し善良な鉱員を引摺り生産の阻害を企てて居る様に見受けらるる点が多い。(二)稼働成績不良、同人の就業後今日迄の勤務成績は別に疏明するとして二月の月の稼働状態を見ると稼働すべき日数二十四日中稼働した日数は僅か五日、無届欠勤十日である。(三)金銭強要癖あり三月三日午前十一時頃債権者山本定雄と共に事務所に訪れ債務者を事務所外に呼出し組合費用に行き詰つたから金一万円を貸与せられたいと申込を為したけれども債務者は組合貸を使用者が出すことは折角債権者等が努力して組織した組合を第三者から御用組合と誤解さるる虞があるからと云つて断はり、自宅に帰つたところ債権者山本は自宅迄押懸け半ば威圧的に借用方を強要したので不止得金五千円を手交するの止むなきに至つた。斯くては秩序ある組合の指導は困難である事勿論である。(四)犯罪敢行性あり、同人は債権者小田納と共謀予て隠匿所持して居た拳銃を二月十七、八日頃若松市某所で売却中官憲に押えられた拳銃等の所持は占領軍から厳しく禁ぜられて居るにも不拘密かに之を隠匿し而かも之を売却せんとするが如き所為に及ぶと云うに至つては本人等の性格が如何に陰険にして悪質であるか推して知るべきであつて、将来組合指導に当つても如何なる危険を図るかもしれない。(五)基準米配給台帳持出の件前陳の如くであつて係員の承諾を受け正々堂々と調査すべきに不拘之が承諾を受けず勝手に持帰るなどの行為に及んだ等のことは将来炭坑の業務阻害の危険性がある、債権者山本定雄は(一)経歴の詐称、同人は採用せらるる際内規に前科のある者は雇入れぬ又は経歴を詐称した者は之が事実発覚の場合は解雇すると云う定めがあることを申聞けてあるに不拘同人は殺人前科一犯あり之を秘して虚偽の経歴を述べ入所したものであつて、此の事実に因り解雇しようと其の後の行動を看視して居たところ後述の様な事があつた為解雇したものである。(二)性質粗暴、同人は性粗暴であつて闘争を好み素行が修らぬ。(三)稼働成績不良、同人就業以来の稼働成績は別に疏明するも二月の稼働成績を見るに稼働すべき日数二十四日中稼働した日数十日、無届欠勤八日、届出欠勤六日である。(四)放出物資ズボン持出即犯罪敢行性あり、同人及債権者安田健一は生活物資配給委員に推選せられた当初(二十二年三月十五日)配給所に赴き同所に放出ヅボンに着目し之は立派なものだ三着あるから君(安田)と僕(山本)と一着宛取ろう、残りが二着あれば谷武と小田納とに送りたいが一着丈だから辻君(配給所主任)に遣ろうと話を極め両名共各一着を取り残一着を辻の手提カバンに入れて持つて帰つたことがあつたが辻は両名が帰つた後手提の中のズボンを元の保管場所に納めた。然るに此の事が誰云うとなく全従業員に知れ職場の話題となるに及び全従業員の声に怖れを為し我物顔で持ち帰つたズボンを十数日後窃かに配給所に返戻したことがある、以上の様にその立場を利用して犯罪を敢行する様な人物で組合指導に適しないことは勿論であつて、会社の生産阻害を惹起させる虞のあることは言を俟たないところである。(五)金銭の強要癖あり前示谷武の(三)の所で述べた通りである。(六)基準米配給台帳持出の件に参加前述の通りである。債権者安田健一は(一)経歴詐称の疑あり前述の如く当炭坑は採用の際鉱員採用の内規を告げ経歴を詐称したものは其の事実発覚と同時に解雇するとの意味の定である、安田は本籍地小倉市と称しているけれども実は国籍は朝鮮に在るものであることが最近発覚したので解雇理由がある。(二)性質素行不良であつて経営秩序破壊経営能率を低下させる、性狡猾にして本職よりも闇商売を本業とする傾向あり、尚坑内現場の切羽状況の良好な時は可成出勤稼働するけれども、反対に切羽状況が少しでも不良になると殆んど出勤しない。(三)稼働成績不良、就業以来の稼動成績は別に疏明するとして二月中の稼働成績は稼働すべき日数二十四日中稼働した日数十七日、無届欠勤四日、届出欠勤三日である。(四)基準米配給台帳持出調査の結果判明したところに依れば三月三日午後一時頃炭坑配給所に赴き女店員に対し田村為雄外一名の基準米配給台帳を閲覧したいと申入れ、女店員が之を示すと之を受取つてから暫く借用すると云つて其の儘持帰ろうとするので女店員は今責任者が不在であるし今基準米の配給を遣つて居り台帳が無くては業務に支障を来すから貸すことは出来ないと拒んだにも不拘無理に之を持帰つたものである、配給所は之が為一部の者の配給を停止するの止むなきに至つたが安田は当日同時刻に配給所主任辻が不在であることを予め承知し計画的に配給所に乗り込み敢て業務の妨害を為したものである、債権者小田納は(一)常に賭博に耽る癖あり同人は谷武方に同居し谷以上の賭博徒であつて事業そこ除けに賭博に耽り善良な鉱員を悪道に引込み生産面に直接間接に少からず阻害を来さしめたものである。(二)稼働成績不良二月中に於ける稼働成績は稼働すべき日数二十四日中稼働した日数僅かに八日、無届欠勤六日、届出欠勤八日である。(三)犯罪敢行性あり谷武と共に拳銃売買問題に関係していることは谷の項で述べた通りである。(四)基準米配給台帳持出に参加したことは前に述べた通りである、以上の次第であつて債権者等は何れも経営秩序の破壊同能率の低下を来すものであるから解雇したものであり、其の解雇理由の正当であることは言を俟たない。然るに債権者等は債務者が解雇を申渡したことを恨に思い恰も債務者等に配給物資に対する不正がある様に其の筋に密告したものであるが新聞紙上に悪徳漢である様に誇大に報道せられ名誉信用を毀損されたことが甚大であるけれども、新聞に報導せられた様な悪質犯行がない為未だ身柄の勾留も受けていない次第である。何れ此の点は取調の上判明することであるが今若し仮処分に依り従業員の地位を認められるるとしたら債権者等は之に勢を得て益傍若無人の態度に出で全坑員は勿論特に優良組合員に生産意欲を阻喪せしめ経営秩序の破壊、同能率の低下を来さしめ甚だしく増産を阻害し由々敷い問題であると思料せらるる、仍て本仮処分は却下せられんことを求むるものである。前述の如く解雇申渡の当時には解雇理由についての労働基準監督署の認定なく予告期間も定めず予告期間に相当する平均賃金の支払もしなかつたのであるが、その後昭和二十四年三月十四日予告期間に相当する三十日分の平均賃金の支払の意思を表示したけれども受領しないから同月十六日谷分一〇、四六八円、山本五、五八九円、安田分九、四六二円、小田分六、六五二円を夫々供託した。当炭坑では従業員に対する給与は日給制で月二回一定の日に炭坑事務所に於て支払うことになつている、当炭坑に於ては従業規則は未だ定めていない旨陳述した。(疏明省略)

理由

債務者が小倉市到津所在の到津炭坑の経営主であり、債権者谷武が昭和廿二年十月以来、同小田納が昭和二十二年八月以来、同山本定雄が昭和二十二年十二月以来同安田健一が昭和廿三年五月以来何れも期間の定のない日給制度の労働契約に依り右到津炭坑に於て従業中であつたところ昭和廿四年三月三日債務者から右債権者等に対し解雇の意思表示があつたこと、右解雇については意思表示の当時予告期間を定めず又予告期間を定めず又予告期間に相当する日数に対する平均賃金の支払もなかつたし解雇理由についての労働基準監督署長の認定も今日迄受けて居ないと云うことは当事者間に争がない。而して本件労働契約に於ては期間の定がないのであるから使用主は民法や労働基準法に定むる方法に従う限り格別の理由がなくても解雇し得る訳ではあるが、去りとて全然その恣意に委せられると云うことは如何なものであろうか、苟くも解雇するについては多かれ少かれそれについての動機即ち理由がある筈であり権利の行使にもそれ相応の節度のあるべきことを思えば矢張り一応無理からぬと一般に見られる程度の理由がなければならぬと云い得るのではなかろうか、それは兎も角として本件解雇は証人上田松惠、辻正男、夏村友吉、畠田藤十郎、藤本米蔵及債務者本人の各供述を綜合すれば債権者等は何れも最近稼働成績が悪く谷及小田は何れも賭博癖があつてその風を他の優良鉱員の間に浸潤させる様な様子があり且つ此の事は判決確定迄一応留保してあるとは云え拳銃所持事件で検挙されて目下公判繋属中であり、山本又安田は配給用ズボンを勝手に持帰つたことがあつたり、山本には古いとは云え殺人前科のあることが判明したり、安田は朝鮮人であるに拘らず日本人だと偽つている疑があつたり、本職以外に闇商売をしている様子があつたりしたので如何はしく思つて居た矢先に昭和廿四年三月三日に安田が炭坑の配給所から主任不在中女事務員の拒むを聴かず配給所備付の配給台帳を持帰り、而かも谷の住居に於て債権者等全員が之に就いて何事かを調査した様子であり、安田の言動から推して配給に関する不正でも暴く考であつたかの様に見事かを調られたところから遂に解雇を申渡すに至つたものであると云うことが窺知され、右配給台帳の持出が配給上の不正を暴露する意図の下に為されたものであろう。少くとも非好意的であると見たことが強ち無理とも云えぬことであると云うことも肯かれる、そして債権者等は右の配給台帳の持出乃至配給人員等の調査と云うことは先是昭和廿三年十一月に設立され債権者等がその組合員であるところの到津炭坑労働組合の配給委員である安田が組合活動として為したものであると主張するけれども配給委員は組合成立前からあつたものであり、右の行為が組合の活動でないことは既に債権者等の自白しているところであつて之を組合活動と見ることは出来ない。右に反する債権者本人安田健一の供述部分は採用しないし、又債務者が労働組合の解散を要求したと云う事実を窺うに足る資料もない、尤も本件解雇が偶組合から債務者に対して労働協約締結の為の団体交渉を行うべく申入があり、近くその交渉が開かれると云うことになつていた際に行はれたものであり、又債権者等が偶組合の役員であつたと云うことは証人松本圭介、債権者本人安田健一、債務者本人の各供述に依つて認められるけれどもその事を解雇理由にしたと云う疏明資料は何もないし、それだけではその事を解雇理由にしたものと見ることは出来ない。それは今日何れの事業場に於ても労働組合が結成され、労働協約が締結されると云うことは好むと好まざるとに拘らず到底避け得ない趨勢であり、それを忌避することの不当であることは債務者と雖よく弁えて居た筈であると思はれるからである。して見れば、本件解雇は組合の正当な行為を為したことを理由とするものであつて、労働組合法第十一条に違反したものであると云うことは到底肯定し得ないところである。次には本件解雇が労働基準法第二〇条に違反したものであるか否の問題である、同条の解釈はかなり難物であるが一応の解釈を試るならば先づ本条は特に云つて居ないけれども、民法第六二七条及第六二八条に対する特則と解され、その結果本条第一項本文は労働契約に於て期間の定のない場合のことであり、その但書は期間の定のある場合であると否とを問はないのであると解されるから期間の定ある場合には但書の様な理由がない限り予告や平均賃金の支払と云うことによつては解雇し得ない。但書の理由に基いて解雇する場合は期間の定あるなしを問はないし、又予告も平均賃金の支払も必要ではないがその代りに本条第三項第十九条第二項の規定に依り解雇理由について労働基準監督署長の認定を受けなければならない、但書の理由に依る場合でも予告するか平均賃金を支払うかすれば右の認定は必要でないと云うことになるであろう。但し労働関係調整法に依る調整を為す場合に於て労働者がなした不当の発言又は不当な争議行為をしたと云う場合は本条第一項但書の理由から除外されて、労働関係調整法第四〇条の優先適用範囲に入るものであると云うことを法意すべきである。それから予告なしに平均賃金の支払もなく労働基準監督署長の認定もなく所謂即時解雇をした場合の効力はどうであろうか、第一一四条が裁判所は労働者の請求に依り第二〇条に違反して支払はない平均賃金相当額の外之と同額の附加金の支払を命じ得る旨規定し、平均賃金について既に支払義務が発生して居ると云うことを前提としている様に見ゆるのであるが、平均賃金相当額は解雇と云うことに因つて始めて支払はねばならぬものであるから、此の支払義務を認めるとすれば解雇の効果が既に生じたと云うことを前提とせねばならぬ道理であることや無効であるとすれば刑事上の制裁を加える理由が幾分稀薄になるであろうこと等を考え合すれば寧ろ違反は違反でありながら解雇の効果を生ずると云う解釈も一応考えられるけれども、第一一四条は平均賃金と同様労働者の請求に依り始めて裁判所がその支払を命じ得るものであつて、その以前に既に平均賃金の支払義務があると云う趣旨ではないとも解せられるし、矢張り民法の場合と同様に斯様な解雇の意思表示は全然何の効力もないと云うのではなく予告期間と同じ日数を経過したとき又は平均賃金相当額を支払つたり、労働基準監督署長の認定があつたとき解雇の効果を生ずると云う解釈の方が妥当であるとされるであろう。違反は違反ながら解雇の効果を生ずると云う前説については使用者は刑事上の制裁を免れることが出来ないし、労働基準法第一一四条に依つて平均賃金に相当する金額の外之と同額の附加金を支払はねばならぬと云う危険があるから無雑作には解雇をしないであろうし、之を予告期間に相当する日数の経過によつて初めて解雇の効果を生じそれ迄は契約は続いているとし、そしてその間使用者に依つて就業が禁ぜられたとしても第一一四条に依る以上の救済は恐らく望み得ないであろうと思はれるから実際上労働者にとつて不都合も不利益もないと云う弁解も予想されるけれども、たとえ第一一四条の様な特別救済規定があるとは云え民法第六二八条の理由がなかつたときの解雇は同法第六二七条の期間の経過と同時にその効果を生ずると云う解釈との権衡上から云つても、 又予告解雇が原則的であり、即時解雇は特例であると云う観点から云つても後説の方を可なりとすべきであろう。然るに本件は前述の如く期間の定めなく日給制度であり且つ一応肯ける程度の理由に因つて行はれたものであるところ、昭和二十四年三月十六日夫々三十日分の平均賃金に相当する金額として債務者主張の様な金額が供託され、その額が正当であることについては当事者間に争がないし、証人上田松惠債務者本人の各供述に依れば本件に付債権者等の提訴に依り三月十四日地方労働委員会の斡旋があつた際、債務者は相当金額の支払の意向を示したに対し債権者等は合計百万円を要求した為妥結に至らなかつたことが窺はれ、斯様な事情の下では平均賃金を提供したところで到底その受領を期待することは出来なかつたものと思はれ、従つて供託も適法であると解されるから右供託に依り解雇の意思表示と相俟つて解雇の効果を生じたものと云はなければならない。債権者等は斯様に解雇の意思表示に遅れた平均賃金の支払に依つて解雇が有効になると云うことの不都合を縷述するけれども、労働者は労働基準法に依り労働監督官に申告して監督権乃至訴追権の発動を促し得るし、同法第一一四条に依る救済や訴訟をするに付ては訴訟費用の救助を求むるの途も拓かれているのであるから左様に不都合はない筈である。以上説明するところに依れば本件仮処分命令の申請はその理由のないことが概ね明かであるから之を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項但書を適用し主文の通り判決する。

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